生き甲斐はありますか?50代の生き甲斐と孤独。

私と夫がいつも行く喫茶店があります。喫茶店ってなんだか懐かしい響きでしょ。でも喫茶店なんです。

私も、夫も、スタバとかなんとかなんとか珈琲とかが苦手で、昔ながらの喫茶店が好き。
私は特にコーヒーにこだわりもないし、味もバカ舌だからわかんないんだけど、その喫茶店は、ココアもおいしい!
先日、ココアを頼んだら、
「今日、ココアしかお客さんに出してない(苦笑)」してましたw
夫はコーヒーが好きなので、「おいしいのお願いします」っていうと、珍しいコーヒーとかマスターおすすめのコーヒーが出てきます。

その喫茶店のマスターは、バツイチで、60になったら店を閉める!と言いながらも常連さんが来ると楽しそうに、ラジコンのエンジンの話に夢中になっています。
マスターの生き甲斐は、ラジコンのエンジン。

毎日毎日、ラジコンのエンジンをいじっては、ここをこうしよう、あそこをああしようなんてことが楽しいようで。

それこそがおそらくマスターの生き甲斐なんでしょう。あなたは生き甲斐ありますか?

私の生き甲斐ってなんだろう

20代までは仕事や恋愛を楽しみ、30代になってからは子育てに必死。40代は姑の介護をしながら夫の会社のことなどで時間が過ぎ。
今は50代に入りました。

そんな私にとっての生き甲斐っていったいなんだろう。

30代から始めた空手も、50歳になるまでは、本当に私の生き甲斐といってもおかしくなかった。
私の内面を支えてくれたのも空手だったと思う。
空手というか、おそらく空手と空手を一緒にやっている仲間の存在。だと思う。

必死にもがいて生きてきて、振り返ることがやっとできるようになった50代で、とある事情から夫と別居している今。
生き甲斐よりも生活が必死になってしまった。

私の中では、子供たちが自立して家を出ていき、夫とわんこ1匹でのんびりと落ち着いた生活を50代からはしたいと思っていた。
夫もそう思っていたと思う。

でも今、事情によって別居となった今、私にとって生活をしていくことが必死になってしまい、自分を振り返る余裕も、あんなに私を支えてくれた空手も、今は足が遠のいてしまっている。

私は一応、指導員でもあるからそれも心苦しいのだけど、身体の疲れが取れずにいるので、空手をすると、疲れがたまったまままた仕事に行くことになってしまう。
行けば行ったで、ストレスの発散にもなるし、良いのだけど。

前述のマスターは、男の更年期で、何かなかったら何もしないで引きこもって鬱になってたかも。とよく言っている。
奥さんと離婚して10年経つけど、俺が悪かったんだよね、わがままだから。と奥さんのことは責めない。

一人で暮らしながらも趣味に没頭できる環境にいて、それはそれで楽しそうなんだけれども、家に帰った時に、同等の立場で会話をすることができる人がいないのもさみしいものがあることは、私にもよくわかる。

50代の女性の方に聞いてみたい。生き甲斐はなんですか?

50代というと、残りの人生はあと20年か30年。
今まで生きてきた20年、30年とは違う。これからは体も衰えていく一方だろうし、やりたいことも体がついていかないこともあるだろう。

私は、お金持ちになりたいわけではないけれど
日本中を旅行してみたいという気持ちもある。
それは誰としたい?と思ったとき、やっぱり夫だったりする。

友達ともしたいな、と思うけれど、友達も50代はそれなりに忙しいのである。
お互いが落ち着いて時間を取ることができるようになるには60代になっちゃうのかな、って空手の友達とも話したことがある。
私は介護から抜けたけど(どちらも亡くなったので)友達はこれから介護で、もう1人の仲間も介護は抜けたけど、まだお子さんが高校生だったり。

60代ってお友達同士で楽しんでる人も多いよね~というけれど、確かにそうなのかも。

60代になればそれなりに生活できるだけのお金を蓄えて、それなりに時間もあって、人生に余裕があるイメージがあるけれど、そうなるためにはどうすればいいんだろう。

パート先には67歳の人とかもいて、そこはそこで考えてしまう。

きっと1,2年のうちに夫とまた一緒に暮らすようになるのだろうとは思うのだけど、今、この時に、私ができることをやっておかないと、私の生き甲斐を探しておかないと、ダメな気がするのです。

あなたの生き甲斐はなんですか?

趣味はなんですか?

仕事に一杯一杯で、生活に一杯一杯でそんなこと考えてる余裕がないわよ。っていう人も多くて、でも、でも、だからこそ、人生を楽しむためにも私は生き甲斐を持っておきたい。

生活と仕事を楽しみながら人生最後の生き甲斐をどこかで見つけないと、私は死ぬときに後悔してしまう気がしてならない。

ブログとライターを始めてみて

こうして文章を書くことも好きだけど、決して上手ではない。
パートをしながらライターの仕事もしているけれど、ライターの仕事はことのほか時間がかかるから、時給換算にすると、パートよりも低いだろう。
それでも私は書くことを嫌いにはならないし、やめたいとも思わない。

もしかして書くことが私の生き甲斐になっているのだろうか?そんなことも考えてみたりする。

私は、自分の気持ちを上手に伝えながら共感してもらえたら、一番うれしいのだと思う。

だから、ブログでなんでもないこと、どうでもいいことを書き続けたくてブログを始めたのだけど、50代の方は毎日、何を考えて日々暮らしているのだろう。とふと感じた。

ブログを書き始めたら、孤独というワードが浮かんできた。

もし夫が先に逝ったりした時に、やっぱり生き甲斐を持っていないと、自分を支えるものがなくなってしまうのではないか。
そしたら、そこから本当の孤独が始まるのじゃないだろうか。

そう思うと、結構怖いと思っている。

生き甲斐のないまま、一人になってしまったら、人生を支えるものがない。それは怖い。

私は義母のセルフネグレクトを知っている。そして、私自身も夫と離れて暮らして、自分が孤独を感じたらどうなるかも知ってしまった。

だからこそ、おびえているのだ。

こうして文章を書くことで自分を支え続けられるのであれば、つたないブログだけど続けて書いていこうと、今は思う。

皆さんは生き甲斐はありますか?

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